本の紹介 脱サラした理由

脱サラ前にTOEICをテーマにブログを開始

投稿日:2018年10月22日 更新日:

こんにちは。
Mt.Woodsです。

僕は大学卒業後に約20年間製薬会社の営業MRとして働き
2017年末に脱サラしました。

このブログではそこに至る経緯を紹介しています。

脱サラをする前に、何かにつながるのではないか
という淡い期待感でブログを始めることにしました。

ブログの内容として本の紹介をすることにし、
実績作りのため1ヶ月間で80冊のレビューをアマゾンに投稿したことを
前回の記事でご紹介いたしました。

そのブログは結構続けて書くことができましたが、
それ以外に短命に終わったブログが2つあります。

そのブログについて今日はご紹介します。

僕はTOEICのテストで870点を取ったことがあります。
昨年44歳でまたTOEICを受験し835点とりました。
それは余談ですが、20代、30代の頃にTOEICを受験していたことを
ネタにしようと考えたのです。

以前にも書きましたが、参考記事
僕は新卒後に就職した都内の小さな製薬会社を1年で辞めました。

次に外資系製薬会社に転職しMRとなりました。
MRとして配属された先は広島でした。

東京から遠いのが難点でしたが、上司先輩に恵まれて
それなりに楽しい時間を過ごせました。
仕事は大変でしたが。

でも、その会社は僕が入社した直後により大きな外資系製薬会社に吸収合併されました。
お世話になった上司や先輩はどんなに優秀な人でも年齢でリストラされてしまい転籍できませんでした。

僕は若かったので次の会社に転籍できましたが、当初はリストラの対象でした。
早期希望退職プログラムを受け入れればこれだけのお金が入りますよ、
というレターをもらいました。

本社からは求人情報が回って来ていました。
1997年―98年のことであり、インターネットがまだ一般的ではありませんでした。
求人を見ると英語力としてTOEICの点数が問われている案件がいくつもありました。

本社の人たち(英語の出来る人達)は早々に次の転職先を見つけて会社を離れていきました。

製薬会社の本社は東京にあります。

英語力を身につければ、職の安定にもつながりますし、
本社に入ることも可能になると言います。
MRは転勤が宿命でどこに飛ばされるか分かりませんが、
本社に入ってしまえば東京で暮らせる、と思いました。

最初の会社の上司でその後長期間にわたって僕が師事していたKさんは
独立前に外資系製薬会社の人事部で採用の仕事を経験していた人であり、
独立後は、製薬会社を中心に人材紹介で生計を立てている人でした。

そのKさんが言いました。
30歳までにTOEICで750点とれば製薬会社の本社に入れる、と。

そして、作戦を授けてくれました。

それは、毎回TOEICのテストを受けること、でした。

僕はそれを実行しました。

これがその結果です。
1998年7月 540点
1999年3月 545点
1999年5月 495点
1999年9月 610点
1999年11月 540点
2000年1月 675点
2000年5月 510点
2001年3月 670点
2001年5月 675点
2001年9月 630点
2002年2月 790点
2003年2月 870点
2004年2月 825点
2005年2月 860点

受験開始当初は月並みな成績です。

社会人なり立ての頃は勉強の習慣もなかったですし
色々な教材に手を出していたので成績が伸びませんでした。

しかも、受験前の土曜日だけの一夜漬けで勉強していたのです。
まあ、成績が上がる訳がありません。

テスト問題に向き合わずにテクニックで点数を取る方法、
という感じの本に夢中になったこともありました。

「それじゃあ、上がらないよね」
と普段は僕になにも言わない妻にそう言われたのです。

子供が生まれる前だったこと、英語の勉強が趣味の妻は
僕に毎回の受験に付き合って一緒に受けてくれていたのです。

これでやっと本気になりました。

文法問題の本で良いと思える本に出合うことが出来ました。
その本はTOEICの文法問題が1000問のっている本です。

すべての問題を解けるようになるまで何度も何度も繰り返し解きました。

大変なのは最初です。
1000問全部解かねばなりません。

でも、2回目は1回目にとけた問題はやりません。
不安はありますが、一度とけた問題は結構、次もあっているものです。

とにかく解けなかった問題を解きます。
それを繰り返します。

どんどんやっていくといつかは1000問全部とけたことになります。

そうしたらまた最初から1000問全部やり直します。
また同じことを繰り返します。

前回よりは全然楽です。

これをやったところ飛躍的にテストの成績が上がったのです。
やったのはほぼこれだけ。
問題集ごと覚えてしまうので、そこに出る単語も覚えてしまいます。

そして、その問題集は頻出単語ばかりを使っているのです。

なぜかつられてヒアリングもよくなりました。

去年、ある病院の国際診療部に入職し、病院の国際化のお手伝いをしました。
それに先駆けて、院長先生から「TOEIC900点とってこい」
と言われたのです。
燃えました。

2ヶ月ほぼTOEICに集中して勉強しました。
この時は、長文、ヒアリング問題もやりましたが、
中心は以前やった問題集の最新版でした。

また835点と結果を出すことが出来たのです。

最も知的機能が高いと思われている30代のころと
44歳でほとんど変わらない結果を出すことができたのは
若干自信になりました。

参考図書
これです。

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そして、ブログでテーマにしたかったことは
TOEICで870点取ったというとすごく英語が出来ると思われるけど
実際、僕は大したことないよ、というものでした。

受けたことがある方は分かると思いますが、
TOEICはマークシートであり、書くことはありません。

話す能力も試されません。
読んで、聞いて、マークシートに色を塗りつぶすだけです。

TOEICの点数が取れても、話す、書く、という能力は別なのです。

そして、30歳までのTOEICの点数が750点を超えれば本社に帰れる、
と言われてそれを信じて遊びたいのも我慢して、
朝眠いのに時間をとって勉強を続けてきましたが、
本社には入れなかったのです。

英語も大してしゃべれるようになっていませんでした。

コスパ悪すぎじゃないの?
と思うわけなんですよ。

それで、師匠のKさんに言ったのです。

「750点とれば東京に帰れるっていったじゃないですか」と。
Kさんは「だって、時代が変わっちゃたんだもん」
と言いました。

まあ、確かに昔に比べて英語のしゃべれる日本人は珍しくなくなっていました。

後に僕は本社に異動になったことがあり、
英語が役にたちましたし、去年も英語で仕事をする経験も積めました。

でも、東京に帰れると信じて870点とっても
しばらくなんの変化もなかったときは辛かったです。

それはさておき、そういうTOEICにまつわるブログを書き、
また、もう一つ英語のブログを作りました。

英語の日記を書くと英語力は向上し、
それをブログで公開すると
見られる意識が働いてよりよい、というのです。

続ける方法を模索していた僕はこの情報を採用しました。

すると一人の訪問者が僕のブログに夢中になったのです。

その人は自分の名前もペンネームすらも名乗らず、
自分のブログも持っていないコメントだけ残す人でした。

良い人だったのですが、実生活上では人間関係に苦労しているのだろうなあ、
と察するところがありました。

兎に角英語が好きだという人でした。
その人が僕のブログのコメント欄に沢山のコメントを書き残しました。

実際にすごかったので、「すごい」「すごい」と返事をしつづけていたら
一線を超えて、ある日僕の日記の英文すべてを添削し、まあ、それはそれでありがたいのですが、
それにとどまらず、僕のブログに来てくれてブログ友達になった20代の人の
英語ブログにまで訪問して難癖をつけたのです。

イライラが頂点に達した僕は文句をいってそのブログを続けるのをやめました。

そういうこともありました。

続きはこちら↓
ブログで本1冊分の記事を書いてPDFにしたことがありました。

-本の紹介, 脱サラした理由

執筆者:


  1. Chee より:

    TOEIC凄いですね!
    私は実は英語の試験って受けた事がありません。汗
    長くアメリカに住んでいますが、結局は面白い内容を書けるか、説得力のある文章をかけるか、そっちなんですよね。ネイティブでもできない人はできないです。
    mtwoodsさんは、英語もできて、文章も面白いからもう十分です!

    • mtwoods2018 より:

      TOEICって勉強大変なのに意味あるのかなあ、と思っています。
      もはや日本人しかやっていないとも聞いたことがあります。
      文章面白いってほめていただきありがとうございます。
      書いている人間にとって一番嬉しい褒め言葉ですね^^

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プロフィール

 

森山ひでき

 

 

 

はじめまして。
森山ひできです。メールアドレス mtwoods2018@gmail.com

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの46歳です。2019年5月から電子書籍の発行を始めています(12月現在11冊発行)。僕が書いた本のご紹介