ひできのつぶやき 介護

慈恵医大青戸病院の帰りに柴又で鰻

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73年生まれ46歳の男性です。
約20年MRという製薬会社の営業の仕事をして
2018年1月から脱サラをして主夫をしています。

僕は江戸川区の小岩というところに住んでいます。
地元であり、両親も近くに住んでいます。

家の運営をして子供の対応もして、
自分のこともしていると主夫もそれなりに忙しいです。

暇でしょ?と思われると「とんでもない!」
とムキになって反論したくなります。

でも、会社勤めのような拘束時間はありませんし、
顧客とのアポイントメントもないので、

事前に家族と打ち合わせが出来れば
比較的時間は自由になります。

親の通院サポート

親も歳をとるとちょこちょこ色々あります。

義理の父は埼玉に住んでいますが
2017年夏には通院サポートで上尾に通ったことがありました。

同時期、実父の検査入院に前後して三田病院にも通いました。

2018年は実父の様態がグングン悪くなり、
一時は寝たきりの危機にまでなって
かなりの時間を実家に使いました。

母と青戸病院へ

僕の母は体が丈夫な人ではなく長年病院に通っています。

都心の病院に通っていましたが、
年齢的なこともあって最近は地元の診療所に
通うようになりました。

そこで、健康診断をうけたところ、
主治医の判断に迷うところがあったので
より大きな病院へ紹介されました。

そこが旧称慈恵青戸病院です。
今の東京慈恵会医科大学 葛飾医療センターです。

40年前も青戸病院に通った

昔、姉が交通事故に遭い青戸病院に入院していました。
母と2人で青戸病院にお見舞いに通いました。

以前は京成青砥駅の前に映画館があったのです。
姉のお見舞いの帰りに、母にその映画館に連れていってもらってドラえもん映画の1作目「ドラえもん のび太の恐竜」を見たのです。

すごく良い映画で感動しましたし、母に映画館につ入れていってもらったことが嬉しくて良い思い出になっています。

40年経って再び母と青戸病院へ

姉のお見舞いに母と通っていた時僕は6歳でした。
幼稚園の年長でした。

母が地元の診療所の先生から紹介されて
40年ぶりに母と青戸病院に行くことになりました。

40年ですよ。不思議な感じがします。

病院の先生は検査結果をみて
「まず問題ないと思いますよ。
でも、念のため、再度検査しますか?」
ということでした。

取り敢えず、緊急の重大事ではないと分かりましたし、まず問題ないでしょう、と先生に言われてほっとしました。

親孝行ってなにをすればよいのだろう

親孝行ってなにをすればよいのだろう、そう考えたことはありませんか?

食事や温泉に連れていくことかなとおもったこともあります。

孫の顔を見せることが親孝行だ、と思った時期もありました。

でも、今は違います。歳を取って病気をした時に寄り添うのが一番効果的な親孝行なのでは、と思っています。

歳を取るとそれだけでも心細くなると思います。ましてや重大な病気かも、と医者に言われたら不安になります。

病院に行けば人でごった返していますし、迷路のようで、目的地に着くまでに疲れます。

今は、患者に説明して同意を得なければ医療行為は出来ませんから、医療関係者は丁寧に説明します。

しかし、患者さんは次から次へとくるので必然的に早口になります。

聞きなれない医療用語を説明されても、親は大体覚えていません。

支払いも今は自動精算機に代わってきています。

親だけでこれらのことに対応するのは結構大変です。

それを代わってあげると親から感謝されます。

通院サポートこそ最良の親孝行と僕は感じています。

でも、親っていつ具合が悪くなるか分からないんですよね。

しかも、病院って普通の人が働いている時間に稼働してるんですよね。

柴又で鰻

青戸病院の先生から「大丈夫だと思うよ」と言われてほっとして、小岩に戻ってから、昼飯を食べよう、ということになりました。

鰻を食べよう、ということになって、どうせなら柴又に行こう、となりました。

柴又は、京成小岩からバスに乗ると、結構近いのです。ほぼ隣町です。

柴又帝釈天前の川千家さんという

風情のある有名なお店に入りました。この動画は見るだけでも目の保養になりますよ。

鰻は注文してから出てまで時間が掛かります。

母にお茶をついであげましたが、
見ると向かいの男性客が生ビールを飲んでいます。

「少し飲もうか」と母に言って瓶ビールを1本頼みました。

昼なので控えめに2人でビール1本です。

しかし、母も僕も大のビール党です。

結局ビール大瓶1人1本飲みました。

鰻も滅茶苦茶美味しかったです。

思えば母と柴又で2人で食事をしたのは初めてです。

病院に付き添うのは親孝行だとは思いますが
決して楽しいものではありません。

しかし、その後、昼間っからビールを飲んで、
風情のある柴又で鰻重。

これはなかなか良い経験でした。

母は76歳です。100歳まで生きるとしたら後24年あります。でも人間いつどうなるか分かりません。

あと何回くらい一緒に食事が出来るでしょう。

たまには多少贅沢な食事も良いよね、と思いました。

再び青戸病院へ

念のため、ということで昨日、母は青戸病院で検査を受けました。

その後、今度は寿司でも食べに行こう、と話をしていました。

が、検査で組織をとっているから、お酒、刺激物はだめですよと言われて昨日はまっすぐ家に帰りました。

まあ、言うこと聞かずに何かあったら嫌ですからね。

今度また検査結果を聞くために病院に行くことになっているので、またその時にしましょう、といういうことになりました。

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プロフィール

 

ひでき

 

 

 

はじめまして。
ひできです。メールアドレス mtwoods2018@gmail.com

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの46歳です。2019年5月から電子書籍の発行を始めています(10月現在10冊発行)。僕が書いた本のご紹介