インタビュー ネットで見つけた面白い人たち

「慶應わっきー」の教材で元を取った人に話を伺いました 9

投稿日:2019年3月9日 更新日:

「慶應わっきー」の教材で元を取った人に話を伺いました 8の続きです。

ブラックカルト企業への就職

秀村さんのプロフィールに書かれていますが、
秀村さんは大学時代に約40か国を巡って教育施設を視察し
その結果を卒業論文にまとめて賞を取ったり、

大学在学中にBMWでインターンとして働いていたりと、
傍目に見ても楽しそうな生活をしていました。

それが、大学卒業後に就職して一変します。
ブラックカルト企業に就職したのです。

平均週110時間の勤務だったといいます。

は?ですよね。

週5日勤務として1日22時間
週6日勤務として1日18時間
週7日勤務として1日15時間

あり得ないです。

3月から勤務してゴールデンウイークに2か月ぶりの24時間以上の休み、
と書いてありましたら、週7日勤務だったのでしょう。

信じられません。そんな会社が世の中あるのか。

とにかく、その会社の経営理念がまさに「カルト」なのです。

ひでき「最初に就職した会社がすごかったですね。
世界滅亡から救う、でしたっけ?」

ゆうじ「人類滅亡を阻止するため、ですね。
本当にカルトでしたよ」

ひでき「R社って書いてありましたけど、リクルートですか?」

ゆうじ「いえ、R社は関西にある塾経営の会社です」

ひでき「あそこを辞めたのは正解でしたね。
ゴールデンウイークあけてすぐ辞めたのですか?」

ゆうじ「いえ、結局半年働きました」

辞めると決断してからでも、結局、なんだかんだすぐに数か月たってしまうものです。

素晴らしい転職エージェントとの出会い

ひでき「最初に就職した会社をあきらめて転職活動始めたじゃないですか。

エージェントの人に、世界を股に掛けた働きがしたい、と言ったら鼻で笑われた、と。
ひどいですよね」

ゆうじ「いやあ、やっぱり、普通、笑われますよ」

ひでき「でも、次のエージェントの方は、まじめに検討してくれたんですよね。
良いエージェントさんに出会えましたね。良い、転職エージェントとの出会いは、大切ですよね」

ゆうじ「本当にあの方にはお世話になりました。
オーストラリアに駐在となった時と、退職するときの2回連絡を試みたのですが、
既にその会社を退職されていて、連絡がつかなかったのです。

でも、最近、Facebookで同姓同名の人に片っ端から、あの時にお世話になった秀村ですが、○○さんですか?とメッセージを送っていたら、ついにその人と連絡を取ることができたのです」

ひでき「それは良かったですね」

仕事を世話してもらうって人生を変える大きなイベントなのだから
その恩は大切にするべきと僕は思っています。

僕の最初の上司は独立して転職エージェントをしている人でした。
2度、僕も転職のお世話をしていただきました。
その方がなくなるまで、僕は、盆暮れの挨拶は欠かしませんでした。

そんな話もしました。

駐在の信じられない生活レベル
Y社での恵まれた環境を捨て脱サラ

秀村さんのプロフィールページをご覧いただければ写真が載っていますが、
日本の楽器メーカーY社で駐在したときの住環境がすごいのです。

超高級ホテルのような住まいです。
ジム、プール、ジャグジー、サウナがマンションの中にあって使い放題。
プールサイドが屋上にあって、屋上なのに芝生が生えています。

家賃、車代、ガス、携帯代すべて会社もち。

こんな世界があるのか、という感じです。

ひでき「オーストラリア駐在の時のマンションがすごいですね。
信じられないくらいのレベルですが、あれ本当ですか?(すごい失礼な質問)」

ゆうじ「本当ですよ。あれ、僕が撮った写真です。
Y社だけでなく、駐在ってみんなああいうところに住んでるんですよ」

ひでき「駐在から戻ったら執行役員の下で長期計画を策定する仕事をしたんですよね」

ゆうじ「はい、すごく面白かったですよ」

ひでき「でも、それがひと段落したら辞めたんですよね。
かなり恵まれた環境だったと思いますが、なぜですか?」

ゆうじ「仕事はとても面白かったのですが、
ずーっとこれを続けるのは違うな、ということは分かっていました」

ひでき「なるほど、同じことだけを、たった1度の人生で続けるのは僕も嫌です」

ゆうじ「最初はサラリーマンは3年で辞めるつもりだったのですが
結局、脱サラするまで10年かかりました」

秀村裕二さんのミッション

秀村さんがY社を辞めた理由はこの下のブログに書いてありました。
サラリーマンは楽しかったけれど、もっと好きなことをしたかった、からだそうです。

そして、秀村さんが掲げるミッションがこれです。

「【好きな事を(頭を使って)一生懸命やっていれば、人生うまく行く】ということを証明してみせて、「好きなことができる人」がもう少し増えた世の中にする!!!!」

そして、好きなことをして暮らすこと自体に価値がある、と言います。
その理由は、

それはどうしてかというと、「あなたが好きなことをしている。しかも生活できている。しかも楽しそうだ!」という【希望】こそが、今の日本社会には必要だと思うからです。その存在こそが価値なのです。

http://borderfree.top/overseas/likesonly/

なるほど~、と思いました。

僕も、好きなことをしていれば、なんとかなる、というテーマの本を沢山読んで脱サラしました。

脱サラして、ストレスフリーで生活し、如何に稼げるようになるか、というのを現在進行形で紹介しようと思ってこのブログを書いています。

去年はFXでそこそこ稼げましたが、今年は貯えを削って生活している状況です。
まだ、しばらくはこの生活をつづけられそうですが、
貯えがなくなりかけたらサラリーマンに戻ります。

このブログを読んで、定期的にメッセージをくださる方がいるのですが、
その人はサラリーマンをしていて、
僕のブログを楽しみにしてくれています。

そして、僕には、脱サラに失敗して、サラリーマンに戻って欲しくないと言うのです。

なるほど~、僕も小さいながら【希望】なのかもしれないですね。

それから、秀村さんのお話伺っていると言っている内容はしっかりしているし、2500万円という実績を上げているので、バリバリのビジネスマン

という印象を受けるのですが、彼のブログを読んでいると、かなりゆるいのです。

初めてのセミナーを開催したけど告知したのが前日だったから当日参加者はゼロだったというのです。面白いですよね。

こういうゆるい感じでやっていても稼いで行ける、というのは、僕にとっては希望です。

秀村さんからは、面談後のメールで、「実際に面談した、という証明になるので、写真を撮っておけば良かったですね。まあ、次の機会ですね」という感じのメッセージをいただきました。

ぜひ、次の機会を作って関係を継続したいと思える人物でした。

秀村さんのプロフィールページの最後に彼のメールアドレスが掲載されています。
ご興味のある方はアクセスしてみてはいかがでしょうか。

次の記事脱サラした小岩の人のセミナー予告

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プロフィール

 

ひでき

 

脱サラ、フリーランスに特化した
「ひできの脱サラ日記も始めました。

 

はじめまして。
ひできです。メールアドレス MtWoods2015@yahoo.co.jp

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出して「慶應わっきー」で勉強してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの45歳です。