介護

父の看病介護を通じて考えた親子関係

投稿日:2019年2月8日 更新日:

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たとえ妻であっても他人をいちいち使ってはいけない 

ソーシャルワーカーさんとのミーティング

僕は脱サラをして今は主夫をしています。
サラリーマンを辞めた理由は沢山ありますが、
そのうちの一つが原田マハさんの「生きるぼくら」
という小説でした。

この小説は、引きこもりの男の子が
ある理由でしばらくぶりに再会した
祖母と暮らすようになるお話です。

再会したとき祖母は痴ほう症になっていて
主人公のことが分からなくなっていた、
というお話です。

これを読んで僕は思いました。
親が、動けなくなったり、分からなくなってから
一緒の時間を過ごすよりも、
まだしっかりしているうちに時間を共有したほうが
よいのではないか、と。

父の看病の記録

現在父は73歳です。
定年で勤めを辞めて、しばらくして心筋梗塞を起こしました。
63歳でした。
その時も僕は対応しましたが10年前のことであり
あまりよく覚えていません。

最近では2017年に父の大腸ポリープの検査、除去手術の手続き、付き添いをしました。

2018年になると、父はガタガタと音お立てるように状態が悪くなりました。

4月心不全増悪によって手術
8月頸椎の手術の予定がダメになり、介護保険の適応に変更
10月脊髄損傷を起こして入院、手術

これらの出来事に濃淡の差はありますがすべて関わってきました。

常に付き添っているわけではありませんでした。
でも、何かあったら常に駆け付けられる状況ではあり、
実際にそのように対応してきました。

幼少時代から父とそれ以外の家族(母姉僕)との関係は
必ずしも良好ではなく、僕は大人になってから父としばしけんかをしてきました。

脱サラしてから何回父と喧嘩したか分かりません。

夢をかなえるゾウで考える親子関係

水野敬也さんの「夢をかなえるゾウ」というロングセラーの小説があります。

人って、自分にとってどうでもよい人は大切にして、
自分にとっても一番大事な人をぞんざいに扱ってしまう傾向がある、と言います。

例えば、親です。

「最近親と話をしているか」という問いかけに、次の会話が続きます。

「話しているうちにケンカになっちゃうんです」
「別にケンカになってもええがな。親は息子の声が聞けるだけで安心なんかもしれんで。『愛の反対は憎しみやない。無関心や』言うやろ」

夢をかなえるゾウ 水野敬也

この小説の中では、親と喧嘩になってもよいから
話をしろ、と言います。

でも、実際にケンカになると、やはり気まずいもので
しばらく会わなくなるものです。

父も、元気で自分で動けるうちは僕と会おうとはしませんでした。

「嫌われる勇気」が説く人生のタスクを実感

大ヒットによってアドラー心理学を世に広めた「嫌われる勇気」は非常に面白い本です。

以下は僕の解釈になります。

周りの人に配慮して、気を使って発言し、行動していれば嫌われることはあまりありません。

でも、自分が言いたいことを言い、やりたいことをやっていれば、「周囲の人」と摩擦が生じて、嫌われることもあります。

自分の人生を悔いなく生きるには、自由に発言し、行動する必要があり、そのためには、人から嫌われることも、覚悟する必要がある、というお話です。

そして、「周囲の人」を3つに分類しています。

仕事関係、友人関係、家族関係です(実際の書籍では別の呼び方をしています)。

生活するためにお金が要るので、働く必要があります。
嫌な人間関係というのはだいたい、仕事関係にあります。

別にこちらが好きで選んだ関係でなくても仕事上
関わらざるを得ない、という関係は仕事上に多い気がします。

お金のこともありますし、
労働契約などもあるので簡単にその関係を切るわけにはいきません。

でも、本当に嫌なら、その仕事を辞めてしまえば、
その人との関係はすっぱりと切ることができます。

友人関係は、そもそもお互いに一緒にいて楽しいから存在する関係です。

でも、長く付き合っているうちに、それぞれの家族構成なども変わってくると昔のようにいかないことも出てきます。

長年一緒に遊んできて楽しい思い出を沢山共有している場合、
たとえその友人関係によってイライラさせられることがあったとしても、
すっぱりとその関係を断ち切るのはなかなか難しいものがあります。

仕事の関係のように契約があるわけではないのですが、
仕事関係のように、ドライにすっぱりと切るのは簡単ではありません。

でも、簡単ではないですが、今、その関係を続けることが
自分の人生にプラスでない、と判断したら、その関係を停止することはできます。
会わなければよいのです。連絡が来ても返事をしなければよいのです。

家族の関係は最も身近な人間関係ですが、
夫婦ですら離婚をすれば関係を断ち切ることができます。

しかし、親子関係というのは、完全に切るのは
難しいものがあります。

「嫌われる勇気」では、親子関係を「頑強な鎖でつながれた関係」と表現しています。

僕はこの2年弱の間に父と喧嘩を繰り返しました。

なぜ繰り返したかと言えば、喧嘩をしても
その後も関わらざるを得なかったからです。

病院や福祉関係は手続きの世界です。

母にすべて対応させるのは気の毒な気がします。

できる限り僕が対応しました。

病院の窓口などに行って手続きだけすませばよい時もありました。
病院まで行って父に会わずに帰った時もあります。

しかし、父の状態が悪くなると、父に会わざるを得ない事態が生じてきたのです。

主治医の先生やケアマネージャーから「息子さん(僕のこと)にも同席してもらってください」と言われるからです。

医療関係の込み入った話になると、
歳をとった父たちでは理解が追い付かないのです。

同じをことを何度も言ってくれるほど
医療関係の人は暇ではありません。

この息子に話をしておけば、
手続きはスムーズに進む、と思われれば
呼ばれる回数も増えます。

そして、本人の意思確認も必要なので
父も同席することになるので
話をせざるを得なくなるのです。

言いたいことを言う、ということを繰り返しているうちに、
「怒り」というエネルギーを借りなくても、
自分の言いたいことを父に伝えるのがうまくなっていきました。

脱サラをして、自分にプラスにならない関係は切る、ということを学んだ一方で、
親子という切るに切れない人間関係からも学ぶところのあった2年弱でした。

父帰る

脊髄損傷を起こして寝たきりを覚悟した父ですが
奇跡的に手術が成功して今では自力で歩けるまで回復しました。

とは言え、実家には母しかいませんので、
もう少し病院でリハビリを続けさせてもらい
万全に近い状態になってから退院したい
というのが家族の一致した思いでした。

それが、了承されたと思っていました。
関連病院に父は転院になったのですが、
それは、入院期間延長のためだったです。

が、しかし、突然、退院が決まりました。
意思決定の際には必ず僕は呼ばれていたのですが
今回は父からの事後連絡だけでした。

その連絡の際、僕はインフルエンザのピークで
思考力が低下していました。
後日になって父に連絡し、勝手に退院を決めては困るではないかと
クレームをしましたが、一概に父を責められないということも分かりました。

医師は話をまとめるのがうまいのです。

病院側にも事情があるでしょう。
4か月近く病院にいれば、思うところもありますが、
歩けるようにしてもらった、という
受けたベネフィットのほうが圧倒的に大きいので
文句も言いにくいのです。

2月4日に父は退院をし、昨日、ケアマネージャーと今後の対応を検討するミーティングでした。

病院にいるときは毎日2回リハビリの時間がありましたが、
4日以降リハビリはしていないはずです。

自分で家の中を歩いていると父は言っていますが
理学療法士さんについてもらっている時とは
運動量は落ちるはずです。

自分で管理できるのであれば、
ライザップがあれだけ一世を風靡するはずがありません。

ケアマネージャーさんは父の希望を確認して
デイサービスを提供する施設を紹介してくれました。

来週、見学をして、問題がなければそこと契約をして
通所リハビリテーションを受けることになります。

担当のケアマネージャーさんは仕事の早い人です。

すぐに見学の手配をして、実家と僕に連絡をくれました。

そこに通うとなったとしてもキャンセル待ちとのことでした。

人気の施設で、現在空きがないのだそうです。

父は、空きが出るまで待つと答えたとのことです。

病院にいるときは、外出の訓練までできるようになっていたのに、
次が決まるのを待っていればすぐに1か月くらいは経ってしまうでしょう。

介護サービスを受けられるようになるまで
しばらく実家に通おうかと思っています。

-介護

執筆者:


  1. Chee より:

    大切で身近な人を大切にしないとですね。反省します!
    お父様が歩けるようになって良かったですね。ひできさんなら、自閉症子育てで培ったテクニックを、リハビリにも使えそうです。

    • mtwoods2018 より:

      反省?旦那さんのことですか?

      自閉症児で培ったテクニックでリハビリ?
      ABAですか。

      なるほど~。父が承認欲求が非常に強いことを最近しりました。
      息子に褒められて嬉しいかなあ、と思いますが、
      折角の承認欲求なので活用しない手はないですね。

      僕は営業マンなので人を褒めて持ち上げるのは得意なのです。

  2. […] 父の看病介護を通じて考えた親子関係の続きです。 […]

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プロフィール

 

ひでき

 

脱サラ、フリーランスに特化した
「ひできの脱サラ日記も始めました。

 

はじめまして。
ひできです。メールアドレス MtWoods2015@yahoo.co.jp

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出して「慶應わっきー」で勉強してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの45歳です。