脱サラした理由

40代脱サラの合理性は理解できても実行するには勢いが必要

投稿日:2019年1月4日 更新日:

脳の使い方で人生は変わる アクティブ・ブレインを受講
の続きです。

恵まれた環境を捨てて40代半ばで脱サラしました。

僕は1996年に大学を卒業した後、製薬業界で約20年サラリーマンをしてきました。
キャリアのほとんどはMRという製薬会社の営業の仕事でした。

この仕事は専門性が高く、医師と話が出来るようになるまでは苦労がありますが、
力を付けてある程度のレベルにまでなることが出来ればある意味楽な仕事です。

時間的な自由度も高いですし、給料をはじめとした労働環境にも恵まれています。

しかし、僕は2017年夏にMRを辞めて独立を選びました。
概ね人間関係にも恵まれていました。

条件面、人間関係面で恵まれていたのにも関わらずなぜ僕が
脱サラをしたのか、それはこのブログのカテゴリー「脱サラした理由」の記事で書いてきましたのでご興味のある方は以下の記事からご覧ください。

サバティカルで主夫

ちきりんが示す「未来の働き方」は僕の選択そのものだった

平成31年お正月の三が日は敢えてブログを書くことを抑えていました。
9月末にブログを始めてから、今まで蓄積してきたものを吐き出すかのように毎日ブログを更新してきました。
正月の三が日くらいはブログを休んでインプットしようと考えたのです。
選んだ本はちきりんという人の「未来の働き方を考えよう」でした。
選んだ、というよりも北本、小岩合計4店舗まわってちきりんさんの本がこれしかなかったのです。
しかし、それが幸運でした。素晴らしい本でした。

「ちきりん」は社会派ブロガー

ちきりんさんというのは「Chikirinnの日記」というブログを書いているブロガーさんです。
非常に人気のあるブログです。本も何冊か出版されている作家さんでもあります。

大学卒業後のバブル最盛期に証券会社に就職して、その後アメリカの大学院に留学をして
外資系企業に勤務し世界を飛び回っていた人です。

ちきりんさんも恵まれたキャリアを捨てて2010年に脱サラをして自由に生きています。

ちきりんさんの「ゆるく考えよう」という本では、
「とにかく短い期間でもよい、一度でよいから自由に生きてみたいのです。そうでなければ私が生まれてきた意味はなんなのでしょう」
という主旨のことがその本に書かれていました。
そのメッセージが僕に物凄く響いて脱サラを一歩前に進めてくれた作家さんです。

ちきりんさんの「未来の働き方を考えよう」は現代の働き方バイブル

仕事は全然面白くないけれど生活のために辞められない、
そう考えている40代は沢山います。
40代は僕と同世代なので、そういう意見をいくつも聞いてきました。

かつては少しでもよい大学に入って、少しでも大きな企業に勤めて
転職せず同じ会社で定年まで勤めあげるのが最も合理的な働き方でした。

でも、世の中が変わってその方法が必ずしも最適解でないことは
みんな気が付いています。

でも、「漠然と感じている」というレベルではないでしょうか。
かつての働き方が通用しなくなっている、という事は分かったとしても、
では、どういう働き方、どういう生き方が良いのか分からないので
日常に流されてしまっている、という人は少なくないと思います。

そういう人は是非この本を読んでください。中古なら数百円で買えます。


僕はこのブログでなぜ脱サラをしたのか長々と書いてきました。
自分が選んだこの道は突発的なものではなく充分に考えつくしたうえでの選択だった ということを伝えたかったからです。

そして、いずれAIの普及にともなってサラリーマンを続けられなくなる日は
きますよ、というメッセージもこのブログのカテゴリー「今学んでいること」に書いています。

このブログでは僕の考えを書いていますので当たり前ですが僕の主観です。

その僕の主観的な考えが、ちきりんさんのこの本で客観的にサポートされたように感じられました。
僕の選択は十分理に適ったものだった、と確信が持てました。

経済的にはあまり不安は感じてきませんでした。
でも、蓄えがなくなったらサラリーマンに戻らなくては、と漠然と考えていました。
でもこの本を読んで経済的な不安感がかなり軽減されました。

この本は人生100年、年金支給開始年齢70歳時代の働き方、生き方を示してくれるバイブル的な本だと思います。

当初はこの本の内容を要約してブログに書こうと思っていたのですが、
どのページも、どの文章も素晴らしくって、いちいち僕の心に響くので
線を引きながら読んでいたらほぼ全ページ真っ赤になってしまいました。

なので中途半端に僕が要約するよりも実際に読んでもらったほうが良いと思うようになりました。

ちきりんさんの主張はブログでも十分読めますので、
そちらをいくつから読んでみるのも良いと思います。ただなので。

理屈だけでは脱サラできない

40代半ばで脱サラすることは合理的な考えである、とある時僕は気がつきました。
そしてその考えを近しい同僚には話をしていました。
子どもが高校生になる頃には脱サラすると。その時点で4,5年先のことでした。

しかし、言葉に出して話をする、というのは現実を引き寄せます。

2017年の年初には、僕は近々脱サラするであろうことを薄々感じていました。

社内報でその年の抱負を載せる企画があります。
2017年、僕のその年の抱負はQue será, será でした。

ケセラセラです。
カタカナで書くとヤンヤ言われそうだったので敢えてアルファベットで書きました。
「なるようになれ」と書いたのです。もちろん誰も気が付きませんでしたが。

また、僕にはMRという仕事をしてきた中で、とても大切にしてきたイベントがありました。
自分が担当している先生を中心にした大規模なイベントです。
その年で、4,5回目になるイベントでした。このイベントの担当を固辞したのです。
そのイベントが開催される冬先には会社に残っていないだろう、と感じていたからです。

そして2017年には独立して自由に生きている複数の人と関わることが出来ました。
僕が目指している人生を実際に生きている人に直接会って話を聞くことが出来たのです。
大きな影響を受けました。

脱サラすることの合理性、利点、素晴らしさを理屈で理解し、実行している人にも会いました。
しかし、すぐには「辞めます」とはいかなかったのです。

やはり、きっかけが必要だと感じていました。

どうせ辞めるならやりたいようにやろう、
そしてトラブルになったらそれを理由に退職しよう、
そう考えていました。

僕が勤めていた会社の主力製品は催奇形性があるため
厚生労働省から毎年のように難しい対応を求めらていました。

その「対応」というのは得意先の医師、薬剤師の先生にも
大変な負荷をかけるものです。

僕らMRも非常に肉体的、精神的な負担が掛かる「対応」です。

しかし、当時は本社機能が低下しており、
僕から見ると非常にまずい対応が続いていたのです。

しかし、営業職は本社とのトラブルを恐れて誰も何も言いません。

でも、僕は辞めることはむしろウエルカムだったので
その該当部署の責任者に長文のクレームメールを送りました。

その該当部署には僕の理解者が沢山いて、
メールを受けたその責任者がどのような反応を示したのか
逐一僕に教えてくれました。

かなり驚いていたそうです。

僕としてはトラブルになることを覚悟のご注進だったのですが、
結局なんのトラブルにもならず、かえってその責任者さんと仲良くなってしまったのです。

その他、その時期、社長が変わって、既に得意先の最重要顧客と合意した内容のことを
ちゃぶ台返しにされる出来事がありました。

MRにとって医師との信頼関係は死活問題です。
約束を反故にするようなことがあれば文句を言いまくって暴れてやろう、
と思っていました。

怒られたら辞めればいいや、と思っていたのです。

それを察したのか、僕がいたチームの上の人たちが必死になって新社長を説得してくれたようで
ちゃぶ台返しにならなかったのです。

トラブルは避けたい避けたいと思っている時にはやってきますが、
起こそうと思っているとなかなか起きないものです。

辞めるきっかけがないではないか、
はっきりと認識していたわけではないですが、
そう感じていたように思います。

ところがトラブルは身近なところで発生しました。
同じチームの人間が会議の場で僕に絡んできたのです。

発言の内容は論理的はありませんでした。
非論理的に僕に絡んできたのです。
非常に失礼な態度でした。

そのことは会議の後に参加者に確認をしました。
ある同僚は上司にその問題の解決を迫りましたが
上司は下を向いて黙っていました。

その晩、風呂に入っているときに沸々と怒りの感情が沸きてきました。
「ゆるさん」
そう思ったときに「今だ」という言葉が頭に浮かんだのです。

それはまるで啓示のようでした。
自分でない何ものかの声のように思いました。

よし、これをきっかけに会社を辞めよう、そう決断したのです。

会社を辞める、と妻への2度目の宣言

脱サラを決断しました。僕の人生は僕のものです。
とは言え、僕には家庭があります。家族は運命共同体です。

実行に移る前に妻に話をしました。

会社を辞める、脱サラする、フリーになる、
と妻に話をしたのは2度目のことでした。
1度目は、その時の1年半くらい前のことでした。

あっさりと「いいよ」とその時は言われました。

そして今回も
「はい、わかりました」
とあっさりと言われたのです。
ぶれない人です。

今回は理由を聞きました。

「代わりに私が働きに出ればいいから」
というのです。

サンキュー妻!

そして、次の日、早速辞意を会社に伝えてきました。

帰宅後妻にそのことを言うと
「速いね」と驚いていたので、
あれ、やっぱり現実になると問題かな?
と思いましたがただ、展開の早さに驚いていただけで
辞めることに異存はありませんでした。

こんな具合に僕はMRを辞めて脱サラしました。

その後、ひょんなことで短期間病院勤めを経験しましたが
それはまた後日お話します。

-脱サラした理由

執筆者:


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プロフィール

 

ひでき

 

脱サラ、フリーランスに特化した
「ひできの脱サラ日記も始めました。

 

はじめまして。
ひできです。メールアドレス MtWoods2015@yahoo.co.jp

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出して「慶應わっきー」で勉強してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの45歳です。