今、学んでいること 介護 男女同権

たとえ妻であっても他人をいちいち使ってはいけない 

投稿日:

ジョンレノンをフェミニストにした日本人
の関連記事です。

ジョンは元々男性上位な考え方で
「新聞は女がとって来て、男が読むもの」
的な考え方だったそうですが、

妻の小野洋子さんが
「私は私の新聞をとる」
ときっぱりといい、

それがきっかけでジョンは
自分に染み付いた男性上位思想に気が付いて

考え方を改め「Woman is The Nigger Of The World」
という歌を作って
フェミニズムの歌を作った世界で初めての男になりました。

ジョンは1940年生まれです。
もし生きていれば78歳です。

彼の世代は、自分のために女の人、特に妻が動くの当たり前、
と考えている節があります。

僕の父は73歳で、父はこの考えの傾向が非常に強いです。

今日、それでもめて大部屋の病室で看護師さんの前で喧嘩してきました。

小なりとは言え誰でもアクセスすることが可能なこのブログで
家族内のもめ事を公表することにためらいもありましたが、

内容的に、日本社会で大なり小なり共通性のある話題だと思ったので
書こうと思います。


母からのSOS

父は体調が悪くなり今年の10月下旬から入院をしています。
脊髄損傷で呼吸中枢が麻痺していたら死んでもおかしくなかった
くらいの重病でした。

そのため当初、僕はマメに通院していましたが、
11月中旬に手術を受け、その後奇跡的な回復を見せています。
神の手が降臨したよう劇的な改善です。

容態が安定して、日々リハビリにいそしむだけの状態になっていたので
用のある時のみ僕は病院に行っていました。

その間も母は足しげく看病に通っていたようです。

なぜならば、父から「あれもってきてくれ」と色々用事を頼まれるからです。
母は生真面目なので翌日には直ぐに病院へ行って届けます。

ふー、やれやれ、と思うと帰宅後に電話が掛かって来て
「○○を持って来て。急がないから」
と父から言われるのです。

急がないと言われても、頼まれたら気になるので
母は可能な限り早く用事を済ませます。

頼んだらすぐに対応してくれるので、父は思いついたらすぐに母に電話をして
用事を頼みます。

母は、耳鳴りとふらつきが長期間続いていて毎日耳鼻科に通っています。
非常に混んでいるクリニックで午前中はそれで終わります。

家から1キロ、往復2キロ。
その後、自宅から1.5キロの病院へ行きます。

それだけで5キロメートルも75歳のふらつきのある女性が
自転車で走り回ることになります。

母の用事はそれ以外にもあります。

頼みごとがあっても急ぎでないものは
メモに書いておいてまとめて依頼してほしい、
逐一連絡してこないで欲しいと何度も言っていたそうです。

こんなことになっているとは知りませんでした。
親は子どもに迷惑をかけたくないと思うのです。

しかし、結局、疲労とストレスを限界までため込んだ母から僕にSOSの連絡がありました。
何かと思って母に先日電話をかけると父に対する愚痴を言っています。

愚痴も、元気に明るくテンポよく短く話をするなら聞く方も楽です。
普段はそういうノリで母の愚痴を聞いています。

しかし、先日は、もうすっかり病んでるなという感じの口調で
グズグズグズグズ父に対する愚痴を僕に言うのです。
電話で話を聞いている間、僕は他のことが出来ません。

聞いているうちにこちらまで具合が悪くなってきました。
本当にエネルギーを吸い取られているかのように疲れました。

迷惑だ。

父にあったら文句を言う決心をして病院へ向かいました。

最終的に母に頼んだ用件の内容を確認したところ、
それは病院から要請されたものであることが分かりました。

それを頼むのは問題ありません。
しかし、それは母がおかしくなったきっかけに過ぎず、

それ以前に逐一母に用事を言いつけていたことが問題です。

最近父に対して思うところがあればどんどん言っています。
今年2回ありました。
その際は、電話で僕が一方的にクレームを言ったことと、
メールで同じく一方的に文句を言った、
という状態でした。

対面して言い合ったのは久しぶりでした。

そして、子供の頃の状況を思い出しました。

父に対して怒りが蓄積して32歳の時に僕は爆発しているのですが、
その原因が分かったのです。

父に対して怒りを抱えて母や僕が父に文句を言うと
父は、巧みに論点を反らすのです。

なにかの妖術を使われているような気になるくらい
父と話をしていると何が問題で、何が言いたかったのかを
その場では分からなくなるのです。

そして、後で思い出して、言えなかった不満を抱え続けることになるのです。
母はそれで若干精神を病みました。

今日も話をしていてそういう状況になりました。

さすがに僕も社会人20年経験し、しかも営業で交渉することが
仕事でしたので、口喧嘩は苦手ですが、話をしていて
「あ、論点を反らされた」と気づいたところは指摘しましたが
感じんのところは言いそびれました。

あれこれ矢継ぎ早に指示をするな、と言うことを言いたかったのですが、
父は「自分の奥さんに用事を頼んじゃいけないのかなあ」
と言いました。

まあ、そう言われれば父は入院中で動けないので
ダメとは言えません。

しかし、僕は
「頼む頻度、頼み方、母の状況を考えないことが問題だ」
と言いました。

「じゃあ、もうお母さんにも頼まない」
「だから、もう頼まないって言ってるだろう」
と言って、父は自分の何が問題だったのかを
直視しようとしません。
だから同じ問題を50年も続けてきたのです。

用事を頼まれた方は、それが終わったら、
「ふーやれやれ」と一息つきたくなります。
それもなく「じゃあ、次これね」と
頼まれ続けたら嫌になります。

しかし、それが問題の本質なのでしょうか。


自分の妻だからと言って使って良いはずはない

父と母の件は、用件を矢継ぎ早に繰り出すことに問題がある、と
思っていましたが、
そもそも妻だからといって他人を使ってはいけないのではないか、
と思うようになりました。

仕事で給料をもらっていても、上司や顧客から
「あれやれ、これやれ」と言われたら腹が立ちます。
生活のため仕方ないから我慢するのです。

それが家庭で「あれやれ、これやれ」と言われ続けたら
嫌になるでしょう。

男は定年があるが、女は子育てが終わってやれやれと思っていたら
今度は旦那の面倒見なくてはならない、
と母は嘆いていました。

自分の場合を語ると、親の問題点を指摘して、
自分の家庭は円満と我田引水、手前味噌な話をする嫌な奴になってしまいますが、 そこを遠慮すると意見が言えなくなってしまうので書きます。

僕と妻とはお互いに頼みごとをほとんどしません。
物理的な距離の問題で頼んだ方が合理的とかいう場合は頼みます。

でも出来るだけ頼みません。
よそよそしいくらいです。

空間を共有している人、
美味しい料理の感想を共有する人、
出来事に関する意見を交換する人、

という感じです。

ほとんどもめ事は起こりません。


フェミニズムは女性のためだけにあるのではない。

肉親なので辛辣になりましたが、
実はうちの父はかなりましな方なのです。

父は倒れる前には、自分でお湯を沸かし
お茶やコーヒーを淹れ、
お昼を用意し、片づけるようになっていたのです。

ある人から聞いた話ですが、
父たちの世代の男性の中には
お湯すら沸かせない人がいるそうです。

そういう人たちは、自分自身が元気で健康であっても
奥さんに先立たれると、自分一人で生きていけないので
施設に入るしかないのだそうです。

なんて迷惑な。

そして、本人にとっても誰かに依存しつづけることは
不自由も甘受しなくてはならない、ということでしょう。

使われれば女の人は嫌な思いをするでしょうし、
女の人を使い続けた男は一人で生きていけなくなるのです。

これは不幸ではないでしょうか。
男女同権というか、自分のことは自分でやる。

自助、独立、自立、奥さんに依存してはいけない、
そう思います。

男性が自立すれば女性は解放されます。

男性は依存し続ければ定年後、奥さんから嫌われて
文句言われて肩身の狭い思いをすると思うのです。

自由を得るためには依存から脱却する必要があります。

どうでしょうか。
考えすぎでしょうか。

-今、学んでいること, 介護, 男女同権

執筆者:


  1. Chee より:

    考えすぎでないですよ!
    我が家は揉めますもん。笑
    私の親も夫の親もMt.Woodsさんとこと同じなのでわかりますよ~。
    そのせいで、夫は頑張ってくれてはいますが、子供の頃から家事を手伝ってきた私とはどうしても家事のレベルが違うんですよね。
    文句は言わないようにしていますが、「あっちゃーこれじゃ任せらんないよ。」ってこともあります。そんで夫も自分でイラついてしまったり。それでも脱サラしてからは、だいぶレベルが上がりましたよ。今では私が少し楽できます。^^

    でも時々、無言で「ほれ、これ!」みたいにぶん投げられたりすると、「コノヤロー!」とケンカになります。笑
    コミュニケーションが得意で無くて、言葉が足りない人なんでしょうけれど、「悪いね。」「ありがとう。」「美味しいね。」「凄い頑張ったね。」みたいな言葉があれば報われるんです。

    まあ難しいんでしょうけどね。汗

    • mtwoods2018 より:

      コメントありがとうございます。
      全文興味深いです。

      父だけの問題でないということが分かりましたが、
      日米でも同じなんですね。
      そう考えると父が問題に気が付かないのもしょうがないのかなあとも思います。
      でも「自分の奥さんにものを頼んではいけないのかなあ」
      と言っていましたが、
      それで母が嫌がっているのだから、やっぱりダメですよね。
      どうして分からないのだろう。
      感謝の言葉についても母は同じことを言っています。
      父は「ありがとう」は言います。
      でも母は「本当にそう思っているの?」と不満です。
      受け取り方の問題かとも思いますが、
      「テレビみながらそっぽ向いて、ありがとうっていうんだよ」
      とのことです。
      確かに口先だけのような気がします。

      Cheeさんの旦那さんが脱サラして家事レベルがあがり、
      少しは楽が出来ている、というのは
      自分のうちの話を聞いているようです。

      『文句は言わないようにしていますが、「あっちゃーこれじゃ任せらんないよ。」』
      これも分かります。
      洗濯を干す、たたむ、はいつの間にか取り上げられてしまいました。
      落第だったようです。

  2. […] たとえ妻であっても他人をいちいち使ってはいけない  […]

  3. Jeadously より:

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ひでき

 

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ひできです。メールアドレス MtWoods2015@yahoo.co.jp

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出して「慶應わっきー」で勉強してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの45歳です。