主夫 男の料理

脱サラ主夫 イギリス料理をつくりました

投稿日:2018年10月21日 更新日:

こんにちは。
Mt.Woodsです。

先日イギリスの代表的料理であるローストビーフを作りました。

当然妻の方が料理のレパートリーは多く、
料理も上手で結婚してから彼女に料理を教わったお蔭で
僕は日常的に料理をするようになりました。
知らぬ間に教育されていたのかもしれません。

結果、我が家ではシェフが妻と僕で2人いるのですが、
お互い作るものが異なるので競合しません。

妻は肉料理、特に、牛肉、固まり肉の料理になじみがありません。

妻の実家は代々農家の取りまとめをしていたような家であり
典型的な日本の食文化を継承していて
あまり肉を食べません。
牛肉は全然食べません。

僕の実家は父が肉好きなのでよく肉を食べていました。
なので主に肉料理は僕が作っています。

僕の大学時代のゼミの教授がイギリスの料理は頭を抱えてしまうが、
ローストビーフ、あれだけは上手い、
と言っていたのが印象に残っています。

社会人になりビュッフェで食べる機会がよくありましたが
そんなにうまいかなあ、というのが僕の印象です。

ただ、塊肉料理には興味があって
脱サラしてからある時作って子どもに出したのです。

次男は、それを一切れ口に入れた瞬間に
「おっ、」と驚きの声をあげて
親指を立てていいねポーズを作りました。

料理をしている人間にとってはたまらない反応です。

まあ、確かにおいしいです。

これはきっと、モランボンさんのこの調味料が良いのだと思っています。
日本人が作ったイギリス料理はもはや日本料理。

さて、子どもの反応に気を良くした僕は2か月月に1回くらいのペースで
ローストビーフをつくりました。

そこで思ったことを書きます。

妻が、肉、特に生焼けを好まないので、
2回目以降はしっかり焼きました。

写真のモランボンのローストビーフの素の裏に
焼き方、作り方が書いてあるのですが、
やはり、言われたとおりにやらないと美味しく出来ません。

焼き過ぎはだめですね。

次に大きさです。

大きいほうが豪華に見えると思い大きい肉でやったことがありますが、
焼けた茶色い部分が多くなって、かたい部分が増えて食べずらいです。

なので、ぼくは写真のように半分にして
一枚当たりの赤い部分を多くして切っています。

写真では分かりませんが、
レッドウォーリアーズのバラとワインを聞きながらノリノリになって
赤ワインを飲みながらローストビーフを作りました。

作ったと言っても、粉付けて、焼いて、銀紙に巻いて放置して切るだけです。

今回は、妻ですらも「美味しい」と言ってました。

 

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そうだ明日の夕飯は鮭にしよう

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プロフィール

 

森山ひでき

 

 

 

はじめまして。
森山ひできです。メールアドレス mtwoods2018@gmail.com

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの46歳です。2019年5月から電子書籍の発行を始めています(12月現在11冊発行)。僕が書いた本のご紹介