本の紹介 脱サラした理由

脱サラをあきらめ全力的脱力サラリーマンを経験

投稿日:2018年10月19日 更新日:

こんにちは。
Mt.Woodsです。

僕は2017年末に会社勤めを辞めて主夫をしています。

どうして脱サラをしようと考えたのか
その経緯をこのブログで紹介しています。

前回は、フリーで働ける軽貨物輸送と水道工事の仕事に
チャレンジして断られた、ということを記事に書きました。

単純労働、3K系の仕事にすらつけないと考えた僕は
その後の働き方について改めて考える必要がありました。

今僕は45歳ですが、40歳前後の頃にいわゆる年代本を沢山よみました。
40歳になったらこう生きよう、という感じの本です。

自分の身近な将来に関係することでいずれも面白かったのですが、
特に印象に残ったのが元日本マイクロソフト社長の成毛眞さんが書いた
「40歳を過ぎたら、三日坊主でいい。」
です。

大企業の社長を務められた方だけあって現実的で説得力がありました。

以下、僕なりの要約です。

『今の日本企業は中高年に冷たくなっている。

しかしどんなに会社に嫌気がさしても辞めてはいけない、
なぜならば辞めてしまったら路頭に迷う可能性が大きいからだ。

(先日ご紹介した長野慶太さんの本では「家族が路頭に迷うことなど絶対にない」と書かれていました。正反対の意見です。参考記事)

会社を辞めたいとしても中高年は、
異業種への転職は無理だ。

会社を辞めるとしたら同業他社への転社にしなさい。

(僕は外資系の製薬会社をいくつも転職していますが、やっていることはほぼMRで、転職ではなく、転社だ、という意見は納得が出来ます。また、異業種への転換の難しさも経験ずみでしたのでそれも納得です。)

もう昔と変わって頑張ったからと言って報われる時代ではないし、会社に人生捧げても、定年後に家族がバラバラだったら意味ない。

会社の行く末なんて平社員が責任を感じる必要はないのだから会社にしがみつきながらも、必要最低限のことだけやって脱力して働きなさい。

日本の制度では、サボっていても、無断欠勤が続いてもクビをきれないようになっている。

歳をとってきて会社から嫌がらせされてもどこ吹く風で受け流せ、会社を相手に戦うなんてエネルギーの無駄、窓際に追いやられて仕事を奪われたとしたら、
それを逆手にとってその環境を楽しんでしまえ。

そして、残った時間とエネルギーを使って趣味や副業に力を注ぎなさい、それが退職後の仕事につながるかもしれないから』

成毛さんは45歳(なんと今の僕と同い年でした)で日本マイクロソフトの社長を辞めてその後、趣味でブログを書いていて、それが発展してHONZというサイトで稼げるようになったと言います。

出世争いに参加するなんて会社の思うつぼだ、という言葉も僕のこころに響きました。

以前いた会社で僕は平社員でありながら事業部長のアシスタントというポジションになったため幹部クラスの世界を垣間見る機会を得ました。

その事業部長は僕が今だに師事している人で、とてもクレバーに周りとのアンバランスを生じさせないように僕を教育してくれていました。

非常に勉強になって仕事は楽しく、人生で最も仕事に打ち込んだ時期でした。

始発から終電まで働いていました。
良いことがある一方で陰の部分もあります。

本社の中の権力闘争を知りそれに巻き込まれかけたのです。
とても神経をすり減らす日々でした。

直属の上司であり後ろ盾になってくれていた人が先に会社を去り、ぼくはその会社に未練もなくなりましたが、存立基盤もなくなりました。

次の会社に転職した当初は前職の精神的ストレスの影響で非常に無口で存在感のない人間でした。また、幹部クラスには出来るだけ近づかないようにしていました。

そういうことも影響してか営業成績では2年目を除いて上位の成績を出していたにも関わらず一度も昇格することはありませんでした。

頑張っても評価されない、という思いもあって、自分の時間を優先することにエネルギーを注ぎました。

営業の仕事は基本、みなし労働制が適応されていると思います。
僕がいた会社の就業規則を確認しましたところ、みなし労働でした。

みなし労働は、実労働時間が零でも20時間でも8時間働いたとみなす制度です。

かつての同僚で、残業したとしても17時半までしか働いていないとみなされるが、前の部分はだめでしょ、つまり、17時半前に仕事を終えてはいけない、と
解釈している人間がいました。

それではまるっきりのサービス残業ではないですか。
そんな馬鹿な話はありません。

しかし、念のため調べました。
調べ先は公的機関である労働基準監督署です。

電話をすると無料で相談にのってくれます。

ぼくは平均して8時間働いていれば後ろめたくない、と考えて働いていましたが、みなしである以上、平均8時間とか関係ない。
何時間働こうが、まったく働かなかったとしても8時間働いたと「みなす」のです、とのことでした。

僕の自主的短時間労働に拍車がかかりました。
時間は短くとも、やるべきことは確実にこなしていました。
僕が最後にMRとしていた会社は特殊薬を扱っていて
定期的な病院訪問が不可欠だったのです。

さらに新薬もあったため病院との契約、副作用、調査などやることは沢山あります。

要領よくこなして毎日ほぼ16時には家に帰っていました。

当時、その会社はMRにGPSをつけていたので僕の行動は知られていたと思います。
何か言われたら、みなし労働について説明を求め、GPSで管理できるのであれば
残業代を出すように交渉する準備も心の中でしていましたが、全くの放置でした。

年齢的にベテランとなり、
営業成績は常に上位で
周りの年下のMRにも悪影響を与えていなかったので

会社は僕を出世はさせないが、我儘、自由は認める、という対応でした。
もちろんこれは僕の解釈でしたが、そう思える事実があったのです。

病院の訪問規制の強化、インタネット技術の発達により
時間をかけることなく効率的に仕事が出来る時代になっていました。

担当の先生がたにも可愛がっていただいていたので仕事は楽でした。

社内でもまあまあ発言力はありました。
本社には仲の良い人が沢山いましたし、
嫌いな人とは話をしませんでした。

こんな状態で成長出来るわけがありません。
どんどん自分が腐っていくのを感じ続けていました。

いつかそれが好転するなら一定期間耐えますが、
歳をとるにつれ状況が悪化していくとしか考えられませんでした。

何か次のことを見つけねば。
成毛さんが退職後にブログを書いていた、ということがこころに残りました。

続きはこちら↓
会社を辞めたい、と妻に話したところ、驚きの反応が

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執筆者:


  1. Jeadously より:

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プロフィール

 

森山ひでき

 

 

 

はじめまして。
森山ひできです。メールアドレス mtwoods2018@gmail.com

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの46歳です。2019年5月から電子書籍の発行を始めています(12月現在11冊発行)。僕が書いた本のご紹介