ビートルズ

ビートルズの名曲紹介 ポールマッカートニー編1 「レット イット ビー」

投稿日:2018年10月8日 更新日:

こんにちは。
Mt.Woodsです。

今日はビートルズの魅力についてご紹介します。

ビートルズはグループの中に超優秀なシンガーソングライターが3人いることで
多彩な音楽を提供して、聞く人を飽きさせないバンドです。

中でもポールマッカートニーは最もとっつきやすい曲を書きます。

ですので、ビートルズを紹介するにあたって、
ポールマッカートニーのお薦め曲からご紹介していきます。

まず、「レット イット ビー」です。

「レット イット ビー」は日本で最も売れたビートルズの曲です。

最近ではビジネス本でも、影響を受けた、と紹介されているのを
何冊かで発見しました。

「レット イット ビー」はピアノが印象的な名曲です。
作詞作曲、リードボーカル、ピアノがポールマッカートニーです。

ポールは日常生活のような現実的な詩を書くことが多いのですが、
この曲は珍しく、スピリチュアル的な詩になっています。

ぼくが苦しみ悩んでいるときに聖母マリア様がやってきて尊い言葉をかけてくれたんだ。
「なすがままに」

そんな感じのことを言っています。

「レット イット ビー」は英語で書くとLet it beです。

Let(させる)、 it(ここでは悩み苦しみのこと)、be(その状態のままに)

「レット イット ビー」のレコーディングの頃、
ビートルズは解散は考えていなかった、と言われていますが、
「レット イット ビー」の歌詞にはそれを匂わすセリフがあります。

彼らは離れ離れになってしまうかもしれないけど、
またいつか会えるチャンスが来るさ。

そんなことを歌っています。

実際はビートルズは解散した後4人で集まることはなく、
1980年にジョンレノンが殺されて、
4人でもう一度音楽を作る、というファンの夢は実現不可能となりました。

が、ジョンが生前録音していたデモテープに、
他の3人が音を重ねて新曲を作る、という
当時はかなり興奮するイベントをしてくれました。
それはまたおいおい。

ポールはこの歌にマリア様を登場させて、
実際のコンサートでもステンドグラスにマリア像を登場させて
教会音楽風に演出していますが、
実際は違う、という説もあります。

ポールのお母さんの名前がマリアで
ポールが子供の頃に弟と喧嘩をすると、
お母さんが良く言っていたのが
「レット イット ビー」(ほっときなさい)、
というセリフだったそうです。

ポールは現実的で神頼みするようなタイプには見えないので、
このお母さんの口癖説が僕にはしっくりときます。

この「レット イット ビー」は、
グループの仲がとても悪い時、解散が噂されるような時期に作られたので、
少し重いです。

でも、とても良い曲なので是非一度は聞いてみてください。

が、一度はと言いつつ「レット イット ビー」には4つのバージョンがあります。

1、アルバムバージョン
「レット イット ビー」は二人のプロデューサーが関与しています。
アルバムバージョンは、フィルスペクターというプロデューサーが
担当しました。
リードギターが激しく素晴らしくカッコいいバージョンです。

ギターソロ、そしてエンディングに向かう歌と絡むリードギターが
メチャクチャカッコ良いです。

僕はリードギター担当のジョージハリソンが大好きですが、
このギターはジョージハリソンではないと思っています。

理由は後で書きます。

2、シングルバージョン
こちらは長年ビートルズのプロデューサーを務めたジョージマーティンのプロデュウスのバージョンです。
リードギターが1とも異なっています。
このバージョンはパスト・マスターズと青盤というアルバムで聞くことが出来ます。

3、映画バージョン
「レット イット ビー」はビートルズ最後の映画のタイトルでもあります。
彼らの演奏シーンを見ることが出来る貴重な映画ですが、
現在でも公式には発表されていません。
ただ、アンソロジーというテレビ企画がDVDとして発売されており
それで見ることが出来ます。
さらに、この映画バージョンの「レット イット ビー」は
「レット イット ビー…ネイキッド」という公式アルバムで聞くことも出来ます。
このリードギターがジョージの演奏です。
1と2の違いを是非聞いてみていただきたいです。

4、アンソロジー3バージョン
テレビ企画のアンソロジーと同時に発売されたアルバムにアンソロジーがあります。
それは海賊版対策の公式デモテープ集といった感じのアルバムです。
ここでは、加工される前のビートルズの生の演奏ぽいのが聞けます。
ギターソロを是非1と比べてみてください。

ビートルズの素晴らしさを伝えたいと思い
このブログを書いています。

まずは多くの人に受け入れられやすいポールマッカートニーの曲から紹介することを考えました。
そして第1曲目は日本でとても人気のある「レット イット ビー」を選びました。

この曲そのものの良さを伝えたいと思ったのですが、
僕自身はジョージのファンなのでどうしてもギターソロが気になってしまいます。

アルバム 「レット イット ビー」の日本語解説には、
このギターソロが映画バージョンと異なる理由として、
ジョージは即興が苦手なので、
うちに帰って二つのバージョンを演奏し、録画して次の日に持ってきた。
プロデューサーのジョージマーティンとフィルスペクターはそれぞれ
異なるギターソロを採用した、と書いてあったと記憶しています。

でも、映画で撮影される前にも何度も「レット イット ビー」は
演奏されていて、撮影の時が即興だった、というのはおかしな話です。

ビートルズが活動を始めたころはまだロックは未成熟でした。
当時ジョージのギタープレイは他の人よりも優れていました。

エリッククラプトンが「白人でギターをちゃんと弾いている人をはじめてみた」
とジョージのことを評価していました。

ビートルズがコンサートをしていた初期の頃は
ジョージはギターソロを聴衆の前で披露していました。

ビートルズがコンサートをやめて
スタジオ活動中心となると、
ギターの雰囲気も変わりました。カッコよくなったのです。

ジョージが、初期のころのロックンロールのソロを演奏する様子は
晩年の映像でも確認することは出来ますが、ビートルズの後期でのカッコ良いリードギターを演奏している映像を見たことがありません。

他にも色々思うところありますが、
こんな感じで、僕はアルバム版「レット イット ビー」のギターソロはジョージではない人が弾いていると思っています。

僕はジョージの大ファンなので、
もし、この僕の憶測が間違えていると、
根拠を示してくださる方がいたら是非お願いします。

知りたいです。

-ビートルズ

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脱サラ、フリーランスに特化した
「ひできの脱サラ日記も始めました。

 

はじめまして。
ひできです。メールアドレス MtWoods2015@yahoo.co.jp

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出して「慶應わっきー」で勉強してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの45歳です。