本の紹介

貴方幸福

投稿日:2018年10月2日 更新日:

こんにちは。
Mt.Woodsです。

僕は小さい頃おとなしい男の子でしたが
色々なきっかけで少しずつ変わっていき

大人になってからは医師を相手に営業をする仕事で
自分なりに納得のいく結果を残すことが出来るまでに
積極的な性格に変わりました。

このブログではそのきっかけを
少しずつご紹介しています。

以前にも書きましたが
最初のきっかけは小2の担任の先生でした。

授業中に分からないことをみんなの前で質問するようになりました。
声が大きくなりました。
音読を繰り返して教科書を丸暗記し、授業についていけるようになりました。

小学校3年生の時柔道を習いだして筋肉がつき体の使い方も分かるようになってきました。

そして、今日お話しすることは、たぶん僕が活発になった
もっとも重大な出来事だと思います。

それは友達です。

僕が子どもの頃はもう、もろに「ガキ大将」という感じの子はいなくなっていましたが、その名残のようなリーダー的な子がいて、彼らと仲良くなったのです。

小学校5,6年生のころ、僕はクラス中の男の子と仲が良く、
みんなと遊んでいました。

大人数で遊んでいたことが多く、
良く外で遊びました。

僕らが物心ついた時から次々と今に続くテレビゲームが
発売されていました。

僕らも友達の家に行ってゲームもしましたが、
その時の記憶はほとんどないのです。

覚えているのはみんなで外で遊んだことです。

普通に河川敷でサッカーをしたり、
公園で缶蹴りや悪漢探偵をしたりしたこともありましたが、

やんちゃな友達が集まっていたので、
色々面白いことをしました。

僕は、虫も爬虫類も全くダメなのですが、
ラッキーなことに友達が優しくて、
はじめは、青がえるから触れるように馴らしてくれて、
まあ、それなりに生き物になれていきました。

僕らの町から5キロほど北に離れた水元公園という
だっだぴろい空間があり、
そこの沼にみんなで自転車で行って
ザリガニを沢山つたりしました。

花火で遊ぶのも普通にやらないで
打ち上げ花火で戦争ごっこもしました。

今では絶対禁止されるでしょうが、
当時その花火が命中して(命中した友達はいましたが)
怪我をした子はいませんでした。

河川敷の盛り土を掘り進んで洞穴を作ったのは面白かったです。
僕らは二手に分かれて穴を掘りました。

僕がいたチームが掘ったほうの穴はうまくいって、
最終的には子どもが3人くらいは入れる穴になって
ろうそくをつけて鎌倉みたいにして楽しみました。

でも面白かったのはもう一つの穴です。
そっちの穴は友達が上半身を穴の中に突っ込んで
這いつくばってオケラのようにして穴を掘っていました。

猛烈な勢いで掘り進めていました。

そうしたら、その穴が崩落したのです。

穴を掘っていた友達の上に土が落ちて
友達は上半身が埋まってしまったのです。

僕はおかしくてゲラゲラ笑っていましたが、
誰かが「息が出来なくなって死ぬ」
というのでみんなで慌てて足を引っ張って
彼を引きずり出しました。

助けた後もおかしくてゲラゲラ笑っていました。
40歳過ぎてから何度か彼らと飲んだときにこの話をしたのですが
やっぱりみんなゲラゲラ笑います。

今思い出しても笑えます。

僕らはよく江戸川の河川敷で遊んでいたのですが、
一時期焚火が流行ったことがありました。

当時江戸川の河川敷に、何かを燃やす用の
ドラム缶が置いてありました。

その中で何かを燃やしていました。
そうしていれば安全でした。

でも慣れてくると色々なところを燃やし始めます。
ある日友達の誰かが川辺の草を燃やしました。

いつも通りどうせすぐに消えるだろう、と高を括っていましたが、
その日はすごい勢いで燃え広がりました。

草が枯れて、風もあったのかもしれません。
結構な炎になりました。

でも、河川敷の川辺なんて周りに家もないし、
草を焼きつくせば消えるだろう、と思っていたら
友達が必死になって消火作業を始めるのです。

何人かの友達は江戸川の水を口に入れて
カエルの消防隊のように水をはいて火を消していました。

幸いなことに僕らは河川敷でいたずらをして怒られたことはないのですが、
ホンダのスーパーカブに乗った、
おっかない管理人が当時江戸川にはいて、
バレるとそいつに怒られる、というのです。

今ならすぐに消防車も来るでしょう。

僕は、大きくなるにつれて色々な友達が出来て
色々な遊びをしましたが、

あの小学校5,6年生の時に、
みんなと外で走り回って、
少しだけ危険なことをして遊んだ時が一番
楽しかったです。

あなたが幸せになれば、世界が幸せになる

「あなたが幸せになれば、世界が幸せになる」は石井貴士という人が書いた本です。

石井さんは、僕のことを当然知りませんが、
僕は石井貴士さんに親近感を持っています。

彼は僕と同じ昭和48年生まれです。
就職して長野市で同じ時期に働いていたこともあります。会ったことはありませんが。

それと、僕と同じ読書術(フォトリーディング)を学んだ人です。

すごい面白い人なのですが、それらは石井さんの本を読んでいただくとして、
今日は、前半に僕が書いたことと関連することをご紹介します。

この本は、どうすれば成功できるかを説明している本です。

僕がいままで得てきた情報の多くは
大きな組織で埋没するよりも
小さくても自分が一番になれる環境に入って
そこで実際に一番になるのがよい。
そうすれば自分に自信もつくし、いろいろなチャンスもやってくる、
そういうものでした。

納得です。
石井貴士さんもこの考えを否定はしていません。

ただ、この本では逆のことも薦めています。

自分よりもお金を持っていない集団の中に入って「俺が一番お金持ちだ」と言っているよりもお金持ちの集団に入って、自分が一番貧乏だとしても、その環境にいつづけていれば自分もお金持ちになれる、というのです。

これも一理あるように思います。
人は普段一緒にいる人に影響を受けます。

僕が活発になれたのも、活発な男の子と仲良くなって
彼らといつも一緒に遊んでいたことが大きく影響していると思います。

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はじめまして。
ひできです。メールアドレス MtWoods2015@yahoo.co.jp

母方の祖父母から4代小岩に住んでいます。
大学卒業時就職活動に失敗し小さな製薬会社に就職。
そこではスキルが身に付かないと危機感を抱いて1年で退職。外資系製薬に転職。入社後即、そこよりも大きな外資系製薬に吸収合併されて上司、先輩の多くがリストラされるのを目の当たりにしました。
そこから転職を繰り返してより専門性を高め、高めた結果、目標になる上司、先輩、同僚が見当たらず仕事がつまらな過ぎて脱サラ。
2018年は1年間主夫をしながら家族とたっぷりの時間を過ごしながら父の介護もしていました。
長男は自閉症。
20年専業主婦だった妻は代わりに仕事を見つけて働きに出ています。仕事以外に5つのコミュニティーい所属して日を追うごとに活性化しています。
脱サラ直後はFX(外国為替証拠金取引)で生活費程度稼げていましたが、2018年8月のトルコリラショック以降お小遣い程度の収入。
インターネットビジネスに希望を見出して「慶應わっきー」で勉強してブログスタート。いつかはパソコン1台で稼げるようになりたいなあと夢に満ち溢れている1973年生れの45歳です。